こんにちは、石川です。
現在、アースカラーウェブサイトを大変革中なんですが、このブログ「アースカラーな日々」も引っ越しをしたいと思います。
新しいアドレスはこちらです。
http://www.earthcolor.jp/x1/modules/D3earthcolorblog/
お気に入り、ブックマークされている方は、お手数ですがアドレスの変更をお願いいたします。
こちらのブログもしばらく残しておきますが、新しい更新は上記のブログの方のみで行います。
どうぞよろしくお願いします。
2011年11月06日
2011年10月30日
新生アースカラー半農半X道場ウェブサイト
こんにちは、石川です。
ついに、幾多の艱難を乗り越えて、アースカラー半農半X道場の新生ウェブサイトをオープンします!
http://www.earthcolor.jp/x1/modules/dojotop1/
もちろん、まだまだ手を入れないといけないところがたくさんあるんですが、それでも器はかなり出来上がってきました。
アースカラー2.0時代の幕開けです。
詳しくはまたご報告します。
ついに、幾多の艱難を乗り越えて、アースカラー半農半X道場の新生ウェブサイトをオープンします!
http://www.earthcolor.jp/x1/modules/dojotop1/
もちろん、まだまだ手を入れないといけないところがたくさんあるんですが、それでも器はかなり出来上がってきました。
アースカラー2.0時代の幕開けです。
詳しくはまたご報告します。
2011年10月29日
11月20日(日)アースカラー収穫感謝祭のお知らせ!!
【アースカラー収穫感謝祭】
今年、アースカラーでは、それぞれ約2反歩の白米と赤米(古代米)を、皆様の協力を頂きながら作ることができました。おかげさまで豊作となり、収穫の時期を迎えております。
つきましては、今年1年の実りの成果を皆様とも共有したく以下の収穫感謝祭を開きたいと思います!私たちの作ったお米に加え、日ごろお世話になっている千葉県各地の食材を副菜としてご提供いたします。
ぜひ皆さまお誘い合わせのうえ、ご参加頂ければ幸いです。
■日時: 11月20日(日)12:30〜15:30
■場所: 日比谷線/JR京葉線 八丁堀駅徒歩3分の某会場
(お申込み頂いた方にご案内いたします)
■人数: 最大50人
■提供食材:
●お食事
▼主菜:塩むすび
アースカラー米(※1)、アースカラー古代米(赤米※2)、
九十九里の塩「ひかり」、千葉県産海苔
▼副菜:とん汁、各種野菜料理、ゆで落花生ほか
有機農業一筋38年!熱田農園の野菜
その他千葉県の各生産者さんから取り寄せ
●ドリンク
▼自然純米酒「五人娘」
千葉の自然酒づくりで有名な寺田本家さんの日本酒です。
日本酒に対する印象が変わるほど濃醇で美味しいお酒です、ホントに。
http://www.teradahonke.co.jp/
▼びわ茶
千葉の南房総が誇る健康と美容に効果のあるびわ茶もお出しします。
▼その他
ビール、ソフトドリンク
※1 アースカラー米
全国的にも著名な多古米です。千葉県では鴨川の長狭米と並んで
「日本の米作り百選」に選出されてい ます。
http://freett.com/shou_ta/hyaku/okome01.htm
無農薬無化学肥料、天日干し(苦労しました・・)による多古米は
とても貴重です。また、昨年休耕していた田んぼのため、
地力がとても高く、今年は間違いなく美味しいです!
※2 アースカラー古代米(赤米)
古代米の巨匠、増田氏が、
プロフィール⇒http://earthcolor2.jp/course/201107/20110716_katori.php
自宅の蔵から発見した古代米品種を独自に改良し続けた飲食業界からも
定評のある赤米です。赤い色はタンニン(ポリフェノールの一種)が
含有しているからで、“お赤飯”のルーツとも言われています。
白米に比べビタミン、ミネラルが豊富、白米と混ぜて炊くとほんのり薄紅色に
なります。
天日干し!!
赤米!!
五人娘!!
■プログラム(予定):
●12:15 開場
●12:40 乾杯!
●12:45 お料理説明
・生産方法、料理方法
・生産者さんも来場予定!
●12:50 お食事、団らん@
●13:15 アースカラ―からのご案内
・今後の取り組みについて
・レクチャー「無農薬のお米ができるまで」
●13:45 ダイアローグ
・全員参加で対話会を行います!
お題は食、農、地域などについてを予定
●14:45 団らんA
●15:30 閉会
●16:00 最終解散
■費用
大人(中学生以上): 2,000円(1ドリンク)
子供(小学生以上中学生未満): 1,000円(1ドリンク)
幼児(小学生未満): 無料
食べ物はフリー、飲み物は追加ごとに現金精算です。
■お申込み方法
以下のURLをクリックし、必要事項を記入の上、送信ください。
https://ssl.form-mailer.jp/fms/978dcf56172339
2011年10月27日
高速道路で思う。
高浜です。
今日は、ちょっといつもと違う雑談的なお話を。
先日、高速道路を車で走っておりました。
急いでいたので、結構飛ばしていました。
しかし、途中、片側一車線の区間があり、
そこに差し掛かると、途端に前が詰まっています。
したかなく減速、70−80キロでのゆったり運転になりました。
「急いでいるんだから、勘弁してよ〜」
「前のほうで何かあったのか〜?」
カーブに差し掛かると、先頭車両が見えました。
なんのことはない、こののろのろ運転の原因は、一番先頭車が法定制限速度を守って走っているだけなのです。
一車線だと先頭者のスピードに合わせるしかありません。
先方様は法律を守っているのです。何も文句は言えません。
まあ、高速道路だけでなく、田舎道でもよくあることですね。
うむう、しかし、
こんな長蛇の列(約20台くらいでしょうか)を作り、のろのろと進み(高速道路では70-80キロでそう見えてしまいます)、後ろに申し訳ないと思わないのだろうか??
後ろから早く行けオーラがビンビンと出ているにもかかわらず法定速度順守できるほど、私なら神経太くないな〜、など。
いやいやそんな風に思ってはいけない。
ご高齢者の方など、スピードを出せない方が運転しているのだ、
そんな人を焦らせるようなことが万が一にもあってはいけない。
事故が起きたらどうするのだ。
日頃、人を許容しろだの、多様性だの言っているくせに言行不一致だなー、自分を反省。
いやしかし、一応別料金を払って高速道路を使っているわけで、
一般道での譲り合いとはわけが違うのでは?
スピードを出せないなら高速道路に乗らない、皆の利益を考えたほうが共生的なんじゃないか?
などと不毛な逡巡をしていました。
ふと、
これは建前と本音、明文法と慣習法みたいなものだな〜と思いました。
つまり法定速度と現実の高速道路での一般速度(すいていれば100キロくらいでしょうか)が明らかに違うから、起きる問題です。
お上が決めるルールと生活者の間で自然と決まってくるルール。
どこの田舎に行ってもあることですし、
どこの業界にでもあることですね。
あるイミ、人間世界の普遍的な法則を感じながら
のろのろ運転もいつしか二車線になり解消されて、心の葛藤も時の中に消えていくのでした。
最終的には急いでいた予定も何とかなり、後から考えれば別にどうでもよいことでした。
イライラしちゃいけませんね、大抵結果はたいして変わらないものです。その時間が損です。そして身体に毒です。
これからはイライラしそうになったらすぐ、別の楽しいことを考えよう。
だって時間は有限だもの。
今日は、ちょっといつもと違う雑談的なお話を。
先日、高速道路を車で走っておりました。
急いでいたので、結構飛ばしていました。
しかし、途中、片側一車線の区間があり、
そこに差し掛かると、途端に前が詰まっています。
したかなく減速、70−80キロでのゆったり運転になりました。
「急いでいるんだから、勘弁してよ〜」
「前のほうで何かあったのか〜?」
カーブに差し掛かると、先頭車両が見えました。
なんのことはない、こののろのろ運転の原因は、一番先頭車が法定制限速度を守って走っているだけなのです。
一車線だと先頭者のスピードに合わせるしかありません。
先方様は法律を守っているのです。何も文句は言えません。
まあ、高速道路だけでなく、田舎道でもよくあることですね。
うむう、しかし、
こんな長蛇の列(約20台くらいでしょうか)を作り、のろのろと進み(高速道路では70-80キロでそう見えてしまいます)、後ろに申し訳ないと思わないのだろうか??
後ろから早く行けオーラがビンビンと出ているにもかかわらず法定速度順守できるほど、私なら神経太くないな〜、など。
いやいやそんな風に思ってはいけない。
ご高齢者の方など、スピードを出せない方が運転しているのだ、
そんな人を焦らせるようなことが万が一にもあってはいけない。
事故が起きたらどうするのだ。
日頃、人を許容しろだの、多様性だの言っているくせに言行不一致だなー、自分を反省。
いやしかし、一応別料金を払って高速道路を使っているわけで、
一般道での譲り合いとはわけが違うのでは?
スピードを出せないなら高速道路に乗らない、皆の利益を考えたほうが共生的なんじゃないか?
などと不毛な逡巡をしていました。
ふと、
これは建前と本音、明文法と慣習法みたいなものだな〜と思いました。
つまり法定速度と現実の高速道路での一般速度(すいていれば100キロくらいでしょうか)が明らかに違うから、起きる問題です。
お上が決めるルールと生活者の間で自然と決まってくるルール。
どこの田舎に行ってもあることですし、
どこの業界にでもあることですね。
あるイミ、人間世界の普遍的な法則を感じながら
のろのろ運転もいつしか二車線になり解消されて、心の葛藤も時の中に消えていくのでした。
最終的には急いでいた予定も何とかなり、後から考えれば別にどうでもよいことでした。
イライラしちゃいけませんね、大抵結果はたいして変わらないものです。その時間が損です。そして身体に毒です。
これからはイライラしそうになったらすぐ、別の楽しいことを考えよう。
だって時間は有限だもの。
2011年10月21日
『風土』にみる“諒解”
しげたです。
WEBページもリニューアルし、
アースカラーの事業としても、
いよいよ第二段階に突入!!
ということで、改めてコンセプトなどを振り返ったりしています。
やはり事業というものは、動き出してみないことには、
深まっていかないということを実感しています。
この一年半で本当に景色が変わりました。
僕としては、館山での生活の約半年間でも、
色々と考えるところ、感じるところが変わってきています。
そして、僕が研修として動き回っている地域は、
主に館山、南房総、鴨川、いすみ、辺りですが、
同じ千葉県とはいえ、自然環境や文化、そして人も本当に多種多様です。
この風土による違いは何だろうなあ、と考えていまして、
ちょうど震災のすぐあと、ブログにUPしようと思いつつ、
放置してあった、風土についての文を思い出しましたので、
こちらにそのまま転載してみます。
====
なぜ、豊かな自然の中で農作業をしたりしていると、
心が開放されたように思えたり、いいアイデアが浮かんだりするのでしょうか。
そのひとつのヒントを、和辻哲郎著『風土』より考えてみたいと思います。
本著の観点は、
「風土とは単なる自然環境ではなくして、
人間の精神構造の中に刻みこまれた自己了解の仕方に他ならない」
というものです。
例えば、衣食住も、風土との関係なくしては、本来存在しえません。
そして、「村仕事」いわゆる、道路整備や河川工事なども
その風土によるところですし、収穫の祭りなども
風土によって規定されるところとなります。
つまり、「くらし」も「つとめ」も本来その土地の
風土性なくしては、成り立たないものです。
ということは、場所によって、そのかたちは全て変わってきます。
東京には、東京の風土に合わせた生活様式がかつては、ありました。
しかし、全世界からの移植の結果としての現在の状況に於いては、
風土とは、必ずしも関わらないあり方となっています。
そこでは、自らの行いが生活に関わることもなく、
“自己了解”をする場が希少になっています。
原始的な生活に於いては、「かせぎ」はほぼ存在せず、
風土性による生活がなされていました。
現代の都市生活に於いては、この風土性が忘却されています。
むしろ、遠ざけられているのです。
その風土性から来る自己了解を、
内山節氏は“諒解”という表現で表しています。
内山氏はものごとの捉えかたを大きく二つに分けてこう説明します。
「一番表層にあるものは、ものごとを論理的、合理的に考察する精神」
「精神の最深部でとらえられているもは」「受け入れられる、諒解されるというかたち」
(『清浄なる精神』より)
以上のことから、「理解と諒解」とを区別しているというのです。
和辻氏と内山氏の論を合わせて考察すると、
風土性の中に於いてしか、諒解に達しえないといえるでしょう。
これは、都市では、不可能ということではありません。
都市には都市の風土があります。
ただ、その触れる風土によって、人の感受性など精神構造に大きな変化が起きるということです。
論理的、合理的に設計された都市空間の中では、
表層的精神構造が肥大化されていくという、自己了解にかたちになりがちです。
しかし、結局は空漠たる世界になりかねず、
情緒や感性が磨かれることが少なくなってくるでしょう。
(『風土』第三章では、揚子江付近の空漠たる風土では、人は無感動になるという例が挙げられています。)
『国家の品格』で一躍有名となった藤原正彦氏は、
天才的数学者誕生の条件として、生まれ育った土地の
風土の風光明媚であることをあげています。
古来、数学と芸術は密接な関係があり、
“美しい”と感じる感覚こそ、高次な数学的発展に於いては欠かせない条件だと言います。
一例ではありますが、“風土”が感性や情緒を育むと、いうことができるのではないでしょうか。
「アースカラー」の“アース”とは、“地球”というと広義ですが、
“大地・土地”と捉えると、風土性に生きる人々となります。
理念として、「自然環境」「他者」「自己」との共生をあげていますが、
まさに風土とは、自然環境を通して、自己を了解することになります。
そして、和辻氏の論では、人間は、「間柄」的存在であり、
自己・他者、個人・社会の別は、存在としてはないことになります。
つまり、「他者」「自己」とも折り合いをつけたかたちにならざるをえません。
各々の土地に順応したかたちでの生活のあり様。
それが、“アースカラー”のシンプルかつ根源的な意味合いなのです。
=====
館山での生活の中で、ここの風土を少しづつ諒解していく感じがします。
地域活性化の事例は、全国各地でたくさんあります。
枠組みとしては、他の土地に移植するということはできるでしょうが、
根本的には、やはりその風土にあったかたちがあるのかなあ、という気がしています。
その最たるものが、恐らく農業で、
少し場所が違えば、栽培方法も変化し、マニュアル通りにはいきません。
その土地ならではの働き方、生き方とはどんなものだろうか。
そんな視点もひとつとして、地域での暮らしを
ご紹介し、つないでいけたらな、と思っています。
そこに都市的なライフスタイルとは別世界の、
多様で魅力的な、懐かしい楽しさがあるように思うのです。
WEBページもリニューアルし、
アースカラーの事業としても、
いよいよ第二段階に突入!!
ということで、改めてコンセプトなどを振り返ったりしています。
やはり事業というものは、動き出してみないことには、
深まっていかないということを実感しています。
この一年半で本当に景色が変わりました。
僕としては、館山での生活の約半年間でも、
色々と考えるところ、感じるところが変わってきています。
そして、僕が研修として動き回っている地域は、
主に館山、南房総、鴨川、いすみ、辺りですが、
同じ千葉県とはいえ、自然環境や文化、そして人も本当に多種多様です。
この風土による違いは何だろうなあ、と考えていまして、
ちょうど震災のすぐあと、ブログにUPしようと思いつつ、
放置してあった、風土についての文を思い出しましたので、
こちらにそのまま転載してみます。
====
なぜ、豊かな自然の中で農作業をしたりしていると、
心が開放されたように思えたり、いいアイデアが浮かんだりするのでしょうか。
そのひとつのヒントを、和辻哲郎著『風土』より考えてみたいと思います。
本著の観点は、
「風土とは単なる自然環境ではなくして、
人間の精神構造の中に刻みこまれた自己了解の仕方に他ならない」
というものです。
例えば、衣食住も、風土との関係なくしては、本来存在しえません。
そして、「村仕事」いわゆる、道路整備や河川工事なども
その風土によるところですし、収穫の祭りなども
風土によって規定されるところとなります。
つまり、「くらし」も「つとめ」も本来その土地の
風土性なくしては、成り立たないものです。
ということは、場所によって、そのかたちは全て変わってきます。
東京には、東京の風土に合わせた生活様式がかつては、ありました。
しかし、全世界からの移植の結果としての現在の状況に於いては、
風土とは、必ずしも関わらないあり方となっています。
そこでは、自らの行いが生活に関わることもなく、
“自己了解”をする場が希少になっています。
原始的な生活に於いては、「かせぎ」はほぼ存在せず、
風土性による生活がなされていました。
現代の都市生活に於いては、この風土性が忘却されています。
むしろ、遠ざけられているのです。
その風土性から来る自己了解を、
内山節氏は“諒解”という表現で表しています。
内山氏はものごとの捉えかたを大きく二つに分けてこう説明します。
「一番表層にあるものは、ものごとを論理的、合理的に考察する精神」
「精神の最深部でとらえられているもは」「受け入れられる、諒解されるというかたち」
(『清浄なる精神』より)
以上のことから、「理解と諒解」とを区別しているというのです。
和辻氏と内山氏の論を合わせて考察すると、
風土性の中に於いてしか、諒解に達しえないといえるでしょう。
これは、都市では、不可能ということではありません。
都市には都市の風土があります。
ただ、その触れる風土によって、人の感受性など精神構造に大きな変化が起きるということです。
論理的、合理的に設計された都市空間の中では、
表層的精神構造が肥大化されていくという、自己了解にかたちになりがちです。
しかし、結局は空漠たる世界になりかねず、
情緒や感性が磨かれることが少なくなってくるでしょう。
(『風土』第三章では、揚子江付近の空漠たる風土では、人は無感動になるという例が挙げられています。)
『国家の品格』で一躍有名となった藤原正彦氏は、
天才的数学者誕生の条件として、生まれ育った土地の
風土の風光明媚であることをあげています。
古来、数学と芸術は密接な関係があり、
“美しい”と感じる感覚こそ、高次な数学的発展に於いては欠かせない条件だと言います。
一例ではありますが、“風土”が感性や情緒を育むと、いうことができるのではないでしょうか。
「アースカラー」の“アース”とは、“地球”というと広義ですが、
“大地・土地”と捉えると、風土性に生きる人々となります。
理念として、「自然環境」「他者」「自己」との共生をあげていますが、
まさに風土とは、自然環境を通して、自己を了解することになります。
そして、和辻氏の論では、人間は、「間柄」的存在であり、
自己・他者、個人・社会の別は、存在としてはないことになります。
つまり、「他者」「自己」とも折り合いをつけたかたちにならざるをえません。
各々の土地に順応したかたちでの生活のあり様。
それが、“アースカラー”のシンプルかつ根源的な意味合いなのです。
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館山での生活の中で、ここの風土を少しづつ諒解していく感じがします。
地域活性化の事例は、全国各地でたくさんあります。
枠組みとしては、他の土地に移植するということはできるでしょうが、
根本的には、やはりその風土にあったかたちがあるのかなあ、という気がしています。
その最たるものが、恐らく農業で、
少し場所が違えば、栽培方法も変化し、マニュアル通りにはいきません。
その土地ならではの働き方、生き方とはどんなものだろうか。
そんな視点もひとつとして、地域での暮らしを
ご紹介し、つないでいけたらな、と思っています。
そこに都市的なライフスタイルとは別世界の、
多様で魅力的な、懐かしい楽しさがあるように思うのです。
